およそ150年前の開港以来、全国有数の港町として知られる神戸。
いち早く海外に開かれた神戸港ですが、その原点は古くから瀬戸内航路の要港として栄えた兵庫津(現在の兵庫区)にあります。
その歴史は、遡ることおよそ1300年前、奈良時代に築かれた大輪田泊(おおわだのとまり)に始まり、中世以降、交易の拠点として発展。幕末の開港場となり、今に至る兵庫県発祥の地ともなりました。
そうした数々の歴史の舞台となった兵庫津は、2018年に「北前船寄港地・兵庫津」として日本遺産認定。そして、2022年11月には「兵庫県立兵庫津ミュージアム」がグランドオープン。
博物館施設「ひょうごはじまり館」と復元施設「初代県庁館」が一体となった、ユニークなミュージアムとして注目を集めています。
今回は、兵庫津に誕生した話題の新名所と共に、界隈に残る港町の“はじまりの地”の足跡を訪ねました。
【文】 田中慶一
神戸の編集プロダクションを経て、フリーランスの編集・文筆・校正業。関西の食を中心に情報誌などの企画・編集を手掛ける。また、学生時代からのコーヒー好きが高じて、01年から珈琲と喫茶にまつわる小冊子『甘苦一滴』を独自に発行するなど専門分野を開拓。全国各地で訪れた店は約1000軒超。2013年より、神戸市の街歩きツアー「おとな旅・神戸」でも案内人を務め、2017年には、『神戸とコーヒー 港からはじまる物語』(神戸新聞総合出版センター)の制作を全面担当。
吹き抜けのエントランスは、天井に北前船の行灯が浮かび、足元には幕末の兵庫津の鳥瞰図が描かれている
かつての兵庫津があったのは、現在の神戸市兵庫区の南側。
兵庫運河を挟んで、中央卸売市場をはじめ老舗の食品卸などが数多く集まる中に、「県立兵庫津ミュージアム」の真新しい建物が見えてきます。
まず向かったのは、「見て・聞いて・触れる」をコンセプトにした博物館施設「ひょうごはじまり館」。
多彩なグラフィック・映像などの最新技術を随所に取り入れ、兵庫の成り立ちや魅力を分かりやすく発信する、体験型の展示が大きな魅力です。
兵庫の地形の解説では、チャット風に流れる偉人たちのコメントにも注目
展示の始まりは、兵庫に天然の良港を形成した古代の地形の成り立ちまで遡ります。
奈良時代に僧・行基が大輪田泊として修築し、平安時代に平清盛が人工島・経ヶ島(きょうがしま)を築いて日宋貿易の拠点に。
室町時代には三代将軍・足利義満も日明勘合貿易の窓口として度々訪れたとか。
中世から兵庫津と呼ばれ、江戸時代になると北前船の交易地として幕府直轄となり、諸国の産品と情報が集まる一大商業地として繁栄。
諸外国との条約で開港の場となった幕末の動乱を経て、現在の兵庫県の誕生へと至り、現代の兵庫県を成す“五国”の地域の特色までがイラストやグラフィックを交えて展開されます。
日明貿易の交易品を紹介するグラフィックウォール
江戸時代、摂津名所図会にも掲載された兵庫生洲。床に映し出された水槽で泳ぐ魚に触れると“GET!”と反応
1300年以上の歴史がギュッと詰まった展示ですが、細やかに史実を取り上げつつも、楽しく見て、学べるのは、随所に取り入れた体験型コンテンツがあるからこそ。
冒頭の地形の成り立ちでは、地形模型にプロジェクションマッピングと映像を組み合わせ、兵庫津ゆかりの偉人の掛け合いで解説。
日明貿易の輸入品の紹介は、手を触れると絵や文字が動き出すグラフィックウォールに。
さらに、昔の兵庫津の街を巡るすごろくマップ、明治時代の古写真に鑑賞者が入り込んで合成撮影できる「ひょうご今昔」など、趣向を凝らしたアクティブな展示は、子供たちにも好評。家族連れの来館者が多いのも特徴の一つです。
幅13メートルのダイナミックシアターでは、兵庫県成立の激動をドラマ仕立てにしたショートムービーなどを上映
ひょうご発見広場では、五国各地の特色や産品を、見て、触れて学べる
中でも大人気の展示が、江戸時代に瀬戸内の活け魚を集積・運送していた兵庫生洲を模した「いけすdeタッチ」。
水族館のような大きな生簀(いけす)は、当時、多くの見物人が集まる名所でもありました。
その当時の雰囲気を、プロジェクションマッピングで体感できる展示は、大人も思わず夢中になります。
展示室の隣にあるダイナミックシアターでは、激動の兵庫県成立の経緯をミュージカル仕立てで上映。
博物館に抱きがちな堅いイメージを覆す、エンターテインメント性は、このミュージアムならではの醍醐味です。
もちろん、歴史好きにとっても、意外な発見が随所に。
例えば、兵庫津に1万人の大行列ができたと言われる雨乞い祭りの賑わいや、新型帆布・松右衛門帆を発明し、航海術の進歩に寄与した工楽松右衛門の功績、さらに、伊藤博文が初代兵庫県知事になった意外な経緯などなど。
一方で、古来から要衝だったがゆえに数々の争いにも巻き込まれ、古くは源義経が活躍した源平合戦、楠木正成が最期を迎えた湊川の合戦。
さらには応仁の乱、太平洋戦争、阪神・淡路大震災と、町が失われながらも、その度に蘇ってきました。
実は、教科書に登場するような人物と縁があったり、多くの歴史の舞台になったりと、今まで知らなかった歴史の裏側を覗くような面白さがあります。
兵庫津の生い立ちをたどった後は、お隣の「初代県庁館」へ。
1868(慶応4)年に兵庫県誕生と共に初代県庁舎となった、旧大坂町奉行所兵庫勤番所の建物が忠実に復元されています。
立派な門をくぐり敷地内に入ると、時代劇の世界に入り込んだような感覚になります。
知事や県の役人が執務を行った県庁舎の建物内には、初代県知事・伊藤博文の執務室や、裁判を行った吟味場(お白州)なども再現。
ここでは、MR体験「バーチャルVisit!」で、初代県庁を舞台に繰り広げられた幕末・維新のドラマが体験できます。
左は県庁舎。中ではMR体験もできる。日本庭園では四季折々の植物も楽しめる
県庁舎の周囲には、下級役人(地付同心)の官舎だった旧同心屋敷、沖合の船を見張る船見番の宿舎だった旧船見番小屋、罪人を拘置した仮牢と番小屋などを当時のままに配置。
裁判を行ったお白州(左)や仮牢(右)は実際に体験することも可能。時代劇の登場人物になった気分に
取次役所はカフェスペースとして利用でき、地元のコーヒー焙煎所「エキストラ珈琲」のオリジナルブレンドや、ミュージアム限定のメニューも楽しめます。
兵庫津の生い立ちをたどる「ひょうごはじまり館」、兵庫県が誕生した時代の一端を体感できる「初代県庁館」。
2つで1つのミュージアムには、最新の技術と歴史的な空間が融合した、従来とは一味違う体験が満載です。
取次役所は開放的なカフェスペースに。コーヒーとミルクを茶筅で泡立てていただくオリジナルの珈琲膳が人気
兵庫県立兵庫津ミュージアム
住所 神戸市兵庫区中之島2-2-1
電話番号 078-651-1868
開館時間 ︎4〜9月 9:00〜18:00、10月~翌3月 9:00〜17:00
定休日 ︎月曜(祝日の場合は翌日)
公式サイト https://hyogo-no-tsu.jp
「県立兵庫津ミュージアム」を満喫したら、界隈をそぞろ歩いてみるのがおすすめ。
ミュージアムで紹介されていた兵庫津の足跡が街のあちこちに残り、実際に見て、触れて、歴史を体感することができます。
ミュージアムの周囲を流れる日本最大級の運河・兵庫運河沿いには、大輪田泊修築のための石材だったと推定される巨大な石椋(いわくら)や、平清盛の供養塔と言われる清盛塚・琵琶の達人だった平経正の墓と伝えられる琵琶塚など、古代~中世の史跡が点在。
また、運河の北端にある来迎寺は、清盛が経ヶ島を造営する際、暴風大波を鎮めるため自ら人柱となった松王丸を弔うために建立されたと伝えられています。
清盛塚と琵琶塚の傍らには平清盛の銅像も建てられている
さらに運河を背に北へ向かうと、かつて京・大阪と通じるメインルートだった西国街道。
界隈でぜひ訪れたいのは、日本三大仏の一つに数えられる兵庫大仏を祀る能福寺。
明治24年に寄進された大仏は、神戸港に入る欧米の人々も多数訪れたという観光名所です。
さらに、街道沿いには、兵庫商人の社交場として昭和2年に建てられた、旧岡方倶楽部のクラシックな建築も見どころの一つ。
戦災や震災も乗り越えた重厚な建物は、登録有形文化財にも指定されています(館内は見学不可)。
台座を含めると18mにもなる能福寺の兵庫大仏。初代大仏は戦時中に供出され、現在の像は平成3年に再建された二代目
昭和2年に兵庫商人の社交場として建設された旧岡方倶楽部
古代から近代まで、数々の史跡が残る兵庫津の街歩きの中で、立ち寄りたいお店の一つが「樽屋五兵衛」。
江戸時代、文政年間から兵庫津で様々な商売を営み、昭和16年に海産物問屋として創業80年を超える老舗。
“日本の味の伝承”をモットーに、長年培った素材の目利きと昔ながらの技法で仕上げる海産加工品で厚い支持を得ています。
「樽屋五兵衛」の高田誠司社長は、兵庫津の日本遺産認定にも尽力し、長年、兵庫津の歴史と魅力を広めてきた立役者。
現在も独自に「兵庫津チャンネル」を立ち上げ、街の魅力を発信しています。
西国街道沿い、札場の辻跡近くにある「樽屋五兵衛」。兵庫津案内処として多くの人が訪れる
店は界隈の案内処にもなっていて、各種リーフレットやマップを常備するほか、時に界隈を直接案内することも。
兵庫津の史跡や界隈の飲食店など、兵庫津の情報が集まるここは、街歩きを楽しむための頼れる存在です。
また、名代のいかなごのくぎ煮やオリジナルの神戸牛入り牛肉ちりめんなど、ここならではの逸品はお土産として県外から訪れた観光客にも人気です。
さらに、ミュージアムの開館に合わせて新たに提供しているのが、先ほど紹介した兵庫生洲があった同じ町内に店を構える活魚・鮮魚卸に協力を得たフグ鍋のセット。
ミュージアムに展示されていた絵図と同じような大きな生簀に、厳選したフグを数百尾を泳がせ、注文が入れば新鮮な状態でお届け。
まさに“現代の兵庫生洲”を体現したフグ鍋で、往時に思いをはせるのも一興です。
名物のいかなごくぎ煮や神戸牛入り牛肉ちりめんは神戸土産として人気
兵庫生洲にちなんで、生簀に泳ぐ新鮮なフグを使った、兵庫津生簀とらふぐ鍋セット。夏季はハモに替わる(冷凍での発送のみ)
樽屋五兵衛
住所 神戸市兵庫区本町2-1-23
電話番号 078-652-1620
開館時間 ︎10:00〜17:00
定休日 ︎日曜・祝日
公式サイト https://www.kobe-tarugo.com
街歩きの途中に一息つくなら、「初代県庁館」のカフェも手掛ける、「エキストラ珈琲」でブレイクを。
創業は1923(大正12)年、神戸のコーヒー焙煎卸として現役最古参の老舗。
奇しくも、コーヒーの街・神戸の“はじまりの一軒”が、兵庫津にあるのも縁を感じます。
以前は豆の販売とテイクアウトのみでしたが、近年、1階フロアがカフェとしてリニューアル。
ゆったりくつろげる新たな憩いの場所として、ミュージアム帰りに立ち寄るお客も増えています。
リニューアルした1階フロアのカフェは、ゆったりと落ち着いた雰囲気
水出し専用のブレンド豆を使い、じっくりと抽出したダッチカフェ300円
焙煎所に併設した店内で味わえるのは、かつて南京町の直営喫茶で提供していた名物のダッチコーヒー。
点滴の水出しで7~8時間かけてじっくり抽出したコーヒーは、ダークチョコを思わせるビターな香味が染み入る贅沢な味わいです。
販売コーナーには、手軽に淹れられるドリップバッグや、「兵庫津ミュージアム」名誉館長・田辺眞人先生監修のカフェオレベースなど、お土産にもぴったりのオリジナルアイテムも充実しています。
店内では工場直売の新鮮なコーヒー豆も購入できる
気軽なお土産にぴったりのドリップバッグは、ダンク(浸漬)式とドリップ式の2種。ドリップ式のパッケージイラストは作家の椎名誠さん作
エキストラ珈琲
住所 神戸市兵庫区西柳原町2-1
電話番号 078-671-0135
営業時間 ︎10:00〜17:00
定休日 ︎土・日曜・祝日
公式サイト http://www.extra-coffee.com
いまや国際的な港湾都市として知られる神戸ですが、その土台には、古来より連綿と続く港町の歴史があります。
新たなミュージアムと、兵庫津に残る数々の足跡を訪ねてみれば、今まで知らなかった別の顔が見えてくるはず。
見て、触れて、歩いて、“港町のはじまりの地”の記憶をたどってみてはいかがでしょう。
神戸公式観光サイト Feel KOBE
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神戸ジャーナルはじめて見ました。良い感じです