迷路のように入り組んだ路地に、生鮮品から服飾・雑貨などなど…。およそ400もの商店がひしめく、湊川エリア。新鮮な食材が毎日集まるここは、通称“神戸の台所”として、地元に親しまれています。
2020年6月には、市場で“買う”だけでなく、“食べる”も楽しめる注目の新名所「湊川大食堂」が誕生。神戸の食の醍醐味を味わえる、活気あふれる市場へ出かけてみましょう。
【文】田中慶一
神戸の編集プロダクションを経て、フリーランスの編集・文筆・校正業。関西の食を中心に情報誌などの企画・編集を手掛ける。また、学生時代からのコーヒー好きが高じて、01年から珈琲と喫茶にまつわる小冊子『甘苦一滴』を独自に発行するなど専門分野を開拓。全国各地で訪れた店は約1000軒超。2013年より、神戸市の街歩きツアー「おとな旅・神戸」でも案内人を務め、2017年には、『神戸とコーヒー 港からはじまる物語』(神戸新聞総合出版センター)の制作を全面担当。
「湊川大食堂」がオープンした、湊川商店街入口の商業ビル「パークタウン」
古くから暴れ川として知られ、たびたび氾濫を起こした湊川。明治38年(1905年)の大水害を機に、付け替え工事によって埋め立てた川の上にできたのが、現在の湊川から新開地にかけての一帯です。現在、神戸新鮮市場と呼ばれる界隈の成り立ちは、大正7年の公設市場開業に始まります。
約1㎞の通りを中心に、4つの商店街と市場が連なった歴史ある商業地は、ご近所の買い物客からプロの料理人までが訪れる神戸の食の拠り所として、 100年以上にわたって親しまれています。
外側の壁にも席を設け、内からも外からも出入り自由、素通しの気取らぬ店構えは、まさに“市場の食堂”の趣
とはいえ、時代と共に徐々に市場離れが進む近年、このエリアも新たな取り組みに力を入れてきました。中でも、これだけの商店の規模がありながら飲食店が極端に少なかったことから、再び界隈に賑わいを取り戻そうと、4年前から「湊川いちば美食街」プロジェクトをスタート。コロナ禍の影響で2年以上、事業は足踏みを余儀なくされましたが、これから、さらなる店舗の整備やテナント募集が再開される予定です。
市場に集まる新鮮な食材を一堂に楽しめる場として誕生したのが、「湊川大食堂」です。開業にあたっては、衣料品店が中心の「パークタウン」の一角を大胆に改装。商店街の入口に現れた食堂は、まさに新たな“市場の顔”として、にぎわいを見せています。
暖簾には食材を卸す市場の商店の屋号がズラリと並ぶ
日替りの刺身セット1000円は、プロの料理人も通う鮮魚店から、その日のネタをいいとこ取りで。
日替りの小鉢と、ビターレモンサワーかハイボールが付く
メニューに並ぶ150以上の料理は、あらゆる食材の専門店が集う神戸新鮮市場から、選りすぐりの約30の商店が仕入れやレシピの考案に協力。鮮度抜群の魚や旬の野菜を盛り込んだ惣菜や定食、地元では知る人ぞ知る名物まで、随所に市場の醍醐味が詰まっています。
ランチタイムには、主菜はもちろん味噌汁のだしや味噌の種類まで厳選した、ボリューム満点の定食がファミリーに好評。一品料理も昼夜通しで注文可能で、杯が進む皿の数々に昼飲みのお客の姿が多いのもうなずけます。
重量感のある「原商店」の木綿豆腐を使った、ぼっかけ肉豆腐480円。「田又果物店」の旬果実生搾りサワー490円~。
また、各店自慢の素材がコラボした“合わせ技”メニューも大食堂ならでは。中でも、年中注文が絶えないおでんは、貝専門鮮魚店「七海水産」の貝のだし、「大貴かまぼこ」の練り物、豆腐の「原商店」の厚揚げ、塩干専門の「浜田商店」の塩鮭と、まさに市場の良いとこどりの看板メニューです。
貝出汁おでん1種120円~。だしから具材まで、各店自慢の味が楽しめる
さらに、ウニ、イクラ、あん肝、カニの身と味噌をてんこ盛りした、その名も「痛風もなか」や、約20種のトッピングで自由にカスタムできるポテトサラダなど、ユニークなオリジナルメニューも楽しみの一つ。日替りの品書きには、ヤンニョムチキンやトッポギといったアジアンメニューなど、新作も続々登場。それでも市場の食の楽しみは、まだまだ尽きません。
「浜田商店」の塩鮭や「原商店」の豆腐など、専門店ならではの食材が味の決め手
品書きには食材を扱う店を逐一明記し、屋号を見て市場に足を運ぶというお客の呼び水にもなっているとか。市場ならではのサービス精神と懐深いメニュー、開放的な雰囲気で、早くも厚い支持を得ています。初めて界隈を訪れる人も、ここに来れば市場のことが分かる、文字通り、湊川エリアの入口となる大食堂。 “神戸の台所”の新たな顔が、さらに市場の楽しみ方を広げてくれそうです。
ボリューム満点の肉野菜炒め定食880円。+100円で野菜炒めにバターを足すと食べ応えアップ
通りの両側から活気ある声が響く
多彩なメニューを誇る「湊川大食堂」ですが、それでも湊川界隈の食の楽しみの一部分。大食堂を堪能したら、市場をそぞろ歩いてみるのがおすすめです。
4つの商店街と市場を南から順に挙げると、南の入口に位置するのが、大食堂が入っているパークタウンを含め、衣料を中心に3つの商業ビルが並ぶ湊川商店街。そこから北に、震災後にショッピングセンターに生まれ変わったハートフルみなとがわ。さらに細い坂道に沿って生鮮食品・専門店がひしめく東山商店街、マルシン市場まで、山手に向かって小さな商店がびっしりと軒を連ねています。
いまや無言で買い物が済むご時世ですが、ここではお客と店主の声が飛び交う市場らしい活気が健在。衣食住すべてにわたる豊富な品揃えに加えて、プロも認める質の高さと市場ならではの人情味と活気が、“神戸の台所”と呼ばれる所以です。
店頭には仕入れにくるプロの料理人の姿も少なくない
貝専門の「七海水産」の店先はまさに貝尽くし!
色とりどりの野菜や果物、瀬戸内で揚がる昼網の新鮮な魚介にお肉、職人の手作りの豆腐に和菓子…迷路のような界隈を歩いていると、多種多彩な専門店の店先に思わず引き寄せられてしまいます。市場の楽しみといえば、お買い物しながらの寄り道やつまみ食い。旅先だとさすがに食材は買えませんが、せっかく来たなら堪能したい、市場の味も少しご紹介しましょう。
白身のホクホクした甘みと玉ネギのシャキシャキ感が後を引く「だいコロ」
つまみ食いといえば、お肉屋さんのコロッケやフライが代表格ですが、いまや神戸新鮮市場の名物の一つとなっているのが、「大貴かまぼこ」の看板メニュー「だいコロ」。新鮮な白身魚のすり身に淡路産玉ネギがたっぷり入った、蒲鉾店ならではの逸品。高タンパク・低カロリー、ヘルシー惣菜は、観光で訪れたお客の神戸土産として、また、今は市外に暮らす神戸っ子から「昔食べた懐かしの味」として、人気を集めています。
香ばしい匂いに惹かれる「稲田串カツ」
さらに、東山商店街の北の端には、寄り道を誘う、市場でも知る人ぞ知る名物店が。小腹が空いたら「稲田串カツ」で揚げたてアツアツの串カツをちょいとつまむもよし、歩いて喉が渇いたら「鼻知場商店」の冷やしあめをキュッと一杯、喉を潤すもよし。
また、おやつやお土産にもぴったりなのが、老舗和菓子店「日之出庵」オリジナルのカステラ。但馬産「たつみ卵」を使ったカステラは、今や界隈の新たな名物に。店先に焼き立てを並べるカステラは、ほの温かい生地から広がる濃密な甘みが何とも贅沢。焼き上がりにタイミングが合えばラッキーです。
「鼻知場商店」の冷やしあめとレモン
寄り道歩きに疲れたら、「田又果物店」の姉妹店「珈琲 東山」で、ほっと一息。青果の老舗が厳選した旬の生搾りフルーツジュースをはじめ、人気のフルーツパフェも多彩な果物が満載のお値打ちメニュー。昔ながらの脚付きのグラスで贅沢な気分になります。
「珈琲 東山」のフルーツパフェは飾り切りも華やか!
近年は食だけに止まらず、2013年にはパークタウンのなかに、手作り・手しごと・アンティークをテーマにしたお店が集まる「神戸湊川Otonari」が誕生し、商店街の新たな魅力を発信しています。また、市場に隣接する湊川公園では、毎月第4土曜に「湊川公園手しごと市」が開催。絵画や陶芸・アクセサリー、体に優しいフードなど、多くの作家さんが出展する青空市は、界隈の街歩きをいっそう楽しくしてくれます。
パークタウンの2階にある「神戸湊川Otonari」。
地元の暮らしに根ざした湊川界隈を訪ねてみれば、あちこちで神戸の食の醍醐味、神戸っ子の日常の一コマに出会えるはずです。
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