神戸で楽しむ「角打ち」の魅力。 ―まちと人がつながる文化を訪ねて―  Feel KOBE

酒屋の一角でお酒を味わう「角打ち」。

肩ひじ張らずに、立ったまま一杯を楽しむ気軽さ。

老舗が守り続ける昔ながらの空気、新しい感性を取り入れた空間。

そして、そこに生まれる人のつながりが、角打ちの何よりの魅力だ。

今回は、魚崎・二宮町・新長田―それぞれの街で愛される「角打ち」が楽しめるお店で、その魅力を訪ねてみた。

濱田屋(魚崎)

阪神魚崎駅からすぐの住宅街に佇む老舗「濱田屋」。創業から70年以上、地域の生活とともに歩んできた酒屋は灘の地酒と豊富なワインを中心に提供している。

「最初の頃はね、植木鉢の園芸用品から歯磨き粉のような日用品まで、なんでも売っている個人商店だったんですよ。その中でも、お酒だけは少し多めに扱っていてね。」と話すのは店主の濱田さん。

しかし、阪神・淡路大震災で状況は一変する。周囲の酒蔵は倒壊し、跡地にはアパートやスーパーが建ち始めた。その変化を目の当たりにしながら、濱田さんは”このままでは店を続けられない”と感じたという。

そこから店は、日本酒とワインに特化した現在のスタイルへと舵を切っていった。

「地元の人に、もっと地酒やワインを知ってもらいたくて、25年くらい前から立ち飲みを始めたんです。」

―ワインとの深い縁

濱田屋は日本酒の取り揃えだけでなく、ワインのラインナップも充実している。

「もう廃業してしまったんですけど、近所に日本の輸入ワインの草分け的なお店があったんです。そのお店のオーナーが僕の師匠のような方ですね。」

毎週水曜日の定休日前の夜、お店でワインの試飲会を開いてもらえることになり、そこで数えきれないほどのワインを味わいながら、”良いワインとは何か”を学んだという。

「今考えればその経験が大きかったですね。そこからうちのワインのラインナップも自然と増えていきました。」

濱田さんが特にイチオシするのはピノノワールという品種。

「和食と非常に相性が良い品種です。他のワインよりピノノワールのほうが料理に合う幅が多いですね。」

濱田さんはお酒を購入するお客さんのために、お店で取り扱っているワインやお酒がどういう料理にペアリングするか、お店のHPで紹介されている。

店主が自ら制作したというワインサーバー

―日本酒に合うパンを作りたい

手作りのポテトサラダなど店舗では様々な食べ物も用意されているが、いろんな食べ物がある中で一番のおすすめは『日本酒に合うパン』だという。

「日本酒の発酵している樽を見ているときに、小麦粉を入れたらパンになるんじゃないかと思ったんです。そこから日本酒に合うパンを作ってみようと、10年前から研究を始めました。」

最近はパンを目当てに来店されるお客様も多くなったとのこと。

「ワインがパンのパートナー的なものとしてはもうすでに確立していると思うんですよね、日本酒にもそれができるんじゃないかと思ったんですけど、美味しくできましたね。」

―忘れられない一本 「大黒正宗 原酒」

「いろんなお酒がありますけど、その中で一番の思い出は灘の地酒の『大黒正宗 原酒』ですね。」

20年以上前に、日本酒を作るプロジェクトに濱田さんが参加。

そのプロジェクトのオブザーバーには全国的にも有名な日本酒の『久保田』や『越乃寒梅』を広めた方も関わっていたという。

「日本酒を広げるためにどんな形で企画や販売・告知をするか等、色々悩みながら取り組みましたが、それが形になっていたのはすごく思い出深いですね。」

感慨深げに濱田さんは話す。

「それがきっかけで個人的にもいろいろな活動を企画したり、参加したりするようになりました。」

どっしりとした味わいの「大黒正宗 原酒」

―角打ちの場として

「『角打ち』って北九州発祥なんですよ。神戸では立ち飲みって呼んでますけどね。」

居酒屋の語源も、酒屋で買った酒をその場で飲んでいたことから来ているのだと、にこやかに話す濱田さん。

「立ち飲みにもいろいろタイプがあると思っていて、うちの場合はいろんなお酒と出会ってほしい。料理を楽しみながら、人との会話を楽しみながら、お酒の味とその場の楽しみ方を見つけてもらえたらと思っています。」

最後に濱田さんは、お店のある魚崎郷についてこう語った。

「灘五郷の中でも魚崎郷は本当に面白いんですよ。歴史好きの方なら、濱田屋でゆっくりお話したいですね。」

Information

濱田屋
住所 神戸市東灘区魚崎南町4丁目15−13
アクセス 阪神・六甲ライナー「魚崎駅」より南へ徒歩3分
営業時間 10:00~21:00(祝日13:00-19:00)
公式HP https://www.jizakeya.co.jp/

一三酒店マルアール(二宮町)

各線「三ノ宮」「神戸三宮」「三宮」駅から少し北へ歩くと、二宮町の静かな一角にある「一三酒店マルアール」。

町屋を改装した角打ちスタイルで、古さと新しさが心地よく調和しており、日本酒やクラフトビールなど、国産酒を気軽に楽しめる人気の一軒。

「ここはね、三宮からすぐ近いのに古い建物も多く残ってて、人も面白い。この“都市と生活の間”みたいな雰囲気が大好きなんですよ。」

笑みを浮かべながら話してくれたのは、二宮で暮らして20年以上になる店主の善家さん。

元々は愛媛で育ったが、大学生の頃に神戸・二宮へ移り住んだ。

「前は二宮の違う場所でバーをやっていたんですけど、今回は酒屋兼ちょっと飲める場所として新しくお店を作りました。」

―四国の香りを神戸に届ける店

店の棚には、日本酒、ウイスキー、スピリッツ、クラフトビール、いずれも国産酒が並ぶ。

「出身が愛媛なので、提供する食べ物は四国地方の食べ物だったりおつまみをメインで展開してて。神戸に居ながら四国を体験してもらえるアンテナショップみたいなお店になれば嬉しいですね。」

季節によって入る食材やおつまみは変わるが、善家さんが選ぶ“アテ”は、どれも「四国らしさ」が感じられるものばかりだ。

善家さんの実家で作られた干し芋もオススメ

―人気の一本 「初雪盃」

おすすめされたのは、愛媛・砥部町の酒「初雪盃」。

「砥部焼の産地に唯一ある酒蔵のお酒でね。毎年9月ごろに出回る“夏越し酒”、いわゆるひやおろし。ふわっと甘くて、燗にすると香りが膨らむんですよ。」

ひと口飲めば、口当たりが本当に“初雪”みたいなお酒だ。

―思い出の日本酒 「尾根越えて」

善家さんの原点といえるお酒、「尾根越えて」。宇和島の山の中で醸される、地元の人々に長く愛されてきた一本。

「これはうちの実家の近くにある蔵のお酒なんだけど、流通量が少なくてね、近所のスーパーでしか売ってないんです。20代の頃はビールや酎ハイは飲めるようになってきたけど、日本酒はまだで。実家に帰るたび、親父が乾杯するのはいつも日本酒でさ。」

何年か後の夏、ふと“日本酒が飲みたい”と感じた瞬間が訪れたという。

「また帰省した時に親父と乾杯したのだけど、その時に初めて”うまい!これが日本酒のおいしさかあ!”って気付いたきっかけのお酒ですね。」

それを機に日本酒を好んで飲むようになったというのが驚きだ。

青いラベルで白文字のものが日本酒の「尾根越えて」

―店主の描く角打ちの在り方

「昔の角打ちはね、お酒も種類が少なくて、食べ物も乾きものくらいだったんですよ。」

しかし一三酒店マルアールが描くのは、その進化形。

「自分の中で目指しているのは、『バーと角打ちの間』、バーのクオリティで角打ちに近い価格でいろんなものを飲んでもらいたい。」

良いお酒を気軽に出会える場、それを手軽に味わってほしいという。

「ぜひ体験して、もし気に入ったお酒があったらお家に持って帰ってもらえることが一番嬉しいですね。」

Information

一三酒店マルアール
住所 神戸市中央区琴ノ緒町3-5-7
アクセス 各線「三ノ宮」「三宮」「神戸三宮」駅より徒歩約10分
営業時間 15:00~23:00(不定休)
公式Instagram https://www.instagram.com/13saketen/

スタンディングバーモリシタ(新長田)

JR新長田駅から徒歩6分の住宅街の中にある「スタンディングバーモリシタ」は、老舗酒販店「森下商店」が運営する角打ち。常時80種類近いベルギービールに加え、オーナー自らアメリカに買い付けに行くというバーボンが揃う。

「父親が創業したのが1933年。それから1942年に、私も店を手伝い始めました。この町はほんと立ち飲み屋が多かったですよ。」

そう語るのはオーナーの森下さん。

新長田は“ケミカルシューズの町”として全国に知られ、ゴム製の靴工場が軒を連ねていた時代。仕事終わりの職人たちが気軽に一杯引っ掛ける。

「昔はうちも、よくあるお酒や簡単なアテを提供している普通の角打ちだったんですよ。」

一面にずらりと並ぶベルギービール

―好きが積み重なった「ベルギービール」

「うちはやっぱりベルギービールかな。普段は80種類くらい、季節のものを入れたら100種類くらいあるんじゃないかな。」

種類だけでなく、生ビールも樽を替えながら提供し、いつも飽きさせない工夫をされている。

「特徴を出そうと思って集めたわけでもなくてね。自分が好きやから自然と増えていったら、珍しいって言って来てくれるお客さんが増えたんです。」

ビールだけでなく、さらにバーボンウイスキーも50銘柄ほど揃う。

ハマると一心に追求する性格だと自ら話す森下さんは、ベルギービールアドバイザーやウイスキー検定も取得した。”好きなものをきちんと伝えたい”と笑う。

ベルギービール「マルール」

―お酒に合わせた食事は、奥様が一つひとつ丁寧に

「お酒はどれもおすすめなんですけど、食事は扱っているお酒に合うようなものを提供してますね。」

生ハムのバゲット、国産オイルサーディン、ししゃもの燻製と、どれも酒がすすむ一品ばかり。

「料理上手の妻が作ってくれててね。毎日ちょっとずつ内容が違うんですけど、ほんと何食べてもおいしいですよ。」

バーボンウイスキー集めるきっかけとなった「ウッドフォードリザーブ」

―思い出の一本 「スノーブロンシュ」

思い出のお酒を尋ねると、森下さんは迷いなく答えた。

「『スノーブロンシュ』っていう、国産のホワイトビールですね。」

約20年前、小西酒造が造ったペールエールタイプのビールだ。

世界で三つの賞を受けたと聞いて飲みに行ったところ、そのおいしさに驚いたという。

「うちの店で唯一置いている国産クラフトビールがこれなんです。これがきっかけで『ビール』に目覚めていきました。」

―楽しみ方は「お酒の背景を知る」こと

「ベルギービールって、説明商品なんですよね。」

注ぎ方、飲む温度、グラスの形など、ビールごとに最適な“作法”があるという。

「そこを説明して飲んでもらうともっと美味しく飲んでもらえるし、これからももっといろんな人にベルギービールのおいしさを伝えていきたい。」

バーボンウイスキーも、他では見ない銘柄が並び、“酒屋価格”で味わえる驚きもある。

「ビールの醸造所を巡った話もあるし、バーボンの歴史も好きやからね。興味ある人にはいくらでも話しますよ。」

Information

スタンディングバーモリシタ
住所 神戸市長田区水笠通6丁目1−9
アクセス JR「新長田駅」より徒歩約5分
営業時間 17:00~21:00(定休日 日祝休)
公式Instagram https://www.instagram.com/sakaya1933/

まとめ

魚崎・二宮・新長田——。

場所も、店のつくりも、雰囲気も違う三つの角打ち。実際に足を運び、店主たちのお話を聞くことで、ある共通点に気づく。

それは「良いお酒を、良い時間と一緒に楽しんでほしい。」という店主たちのまっすぐな想いだ。

気さくに声をかけてくれる店主。自然と輪に入れてくれる常連さん。知らなかったお酒に出会い、飲み方や背景まで教えてもらえる。そんな、そっと寄り添う距離感が、角打ちならではの魅力になっている。

ひとりでも、仕事帰りでも、ふらりと立ち寄れる——。街の中に灯る、小さな“ほっとする場所”。

神戸を巡る旅に、小さな角打ちの温もりをひとつ添えてみてはいかが。

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元記事:神戸で楽しむ「角打ち」の魅力。 ―まちと人がつながる文化を訪ねて―

 

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