1月17日「しあわせ運べるように」が2つ目の「神戸市歌」に。1つ目のことも調べてみた

ライター:カオル

震災26年を前に、復興を願うシンボル曲として歌われてきた「しあわせ運べるように」が、2つ目の「神戸市歌」になることが決まりました。

「しあわせ運べるように」は、阪神・淡路大震災から約2週間後に、当時「吾妻(あづま)小学校」に勤めていた臼井(うすい)先生が作ったもの。

自宅が全壊し身を寄せていた親戚宅で、生まれ育った街の変わり果てた姿をテレビニュースで見て衝撃を受け、わずか10分で作詞・作曲したそうです。

多くの人々の心を捉えた歌は、市内の各小学校をはじめ、追悼式典・ルミナリエ・成人式等で25年間歌い継がれてきました。

さらに「復興の歌」として新潟中越・東日本・熊本などで歌われた他、英語、中国語、フランス語、ペルシャ語など多言語に訳されて世界でも歌われているそうです。

しあわせ運べるように(神戸オリジナルバージョン)作詞・作曲 臼井 真

地震にも 負けない 強い心をもって
亡くなった方々のぶんも 毎日を 大切に 生きてゆこう
傷ついた神戸を もとの姿にもどそう
支えあう心と 明日への 希望を胸に
響きわたれ ぼくたちの歌
生まれ変わる 神戸のまちに
届けたい わたしたちの歌 しあわせ 運べるように

地震にも 負けない 強い絆(きずな)をつくり
亡くなった方々のぶんも 毎日を 大切に 生きてゆこう
傷ついた神戸を もとの姿にもどそう
やさしい春の光のような 未来を夢み
響きわたれ ぼくたちの歌
生まれ変わる 神戸のまちに
届けたい わたしたちの歌 しあわせ 運べるように
届けたい わたしたちの歌 しあわせ 運べるように

1月17日の追悼式典や、ニュースから聴こえる歌を聞いて当時のことを思い出す人も多いのではないでしょうか。

今年はコロナのため、残念ながら追悼式典で歌われることはありませんが、この機会に改めて耳を傾けてみて下さい。

もう一つの神戸市歌は、1951年(昭和26)に制定されていて「戦災復興」の希望を込めて作られたもので、「国際港」としての歴史と繁栄が雄大なメロディとともに歌われてます。

「神戸市歌」

朝雲(あさぐも)あがれり 光のうずに 伸びゆくいらかの 虹こそかかれ 伝統つとに時代に先駆く 絵巻とひろがる 歴史の都 栄(は)えあれ神戸 神戸 神戸 われらひらかん

潮の香揺れひく 汽笛のすえに 七つの海原 幸(さち)よぶかどで 躍進きょうぞ 時代に勢(きお)えり 名だたる海港 世界の都 栄(は)えあれ神戸 神戸 神戸 われら興(おこ)さん

山脈(やまなみ)明(あ)かれり 呼交(よびこ)う声に こころもはずみて いそしむところ 産業まさに 時代に羽ばたく 花咲き匂える 文化の都 栄えあれ神戸 神戸 神戸 われらたたえん

ただ、最近市が行ったアンケート調査では認知度は7%程度だったようです。すでに、認知度としては「しあわせ運べるように」の方があるかも。

ちなみに、こちらの市歌は「2代目」で、1938年に詩人の北原白秋が審査委員長となり「歌詞の公募」を実施した初代があるそうな。どんな歌だったんでしょうか。

初代から2代目は代替わりでしたが、今回「しあわせ運べるように」は「2つ目」に。市長は「2つの市歌がそれぞれの場面で歌われていくことを期待したい」としてます。

今後、耳にする機会も増えていくのでしょうか。

◆関連リンク
しあわせ運べるように – 公式サイト

カオル
ライター:カオル
とりあえず「食パン」を買う人です。

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1 個のコメントコメントを残す
  • Bobby

    第一の神戸市歌は、50才を過ぎて神戸地下鉄を利用するようになって知りました。とてもよい歌なので、もっと広まればよいなぁと思います。

    2021年1月18日2:55 PM 返信する