阪急沿線 あの駅のこと Vol.2『武庫之荘駅(神戸線/尼崎市)桜とバラ。そして絵になる駅の顔』

 

 たくさんの人が行き交う駅は、昔から広告媒体として活用され、どこの駅のホームにも、地元の病院や企業の大きな看板が並ぶ。しかし、ここ阪急武庫之荘駅の南側ホームには、小さな吊り下げ看板が並んでいる。その理由は、武庫之荘に住んでいた人間国宝・桂米朝(1925〜2015)の奥様が、線路沿いの見事な桜並木をホームからも楽しめるようにしてほしい、という投書がきっかけだったという。
 春になると、桜吹雪の中を疾走する阪急電車をカメラに収めようとファンが集まる。夜には地元商店街が設置したぼんぼりに明かりが灯り、夜桜まで楽しめて情緒たっぷり。阪急沿線には他にも、関西屈指の名所・夙川をまたいで建つ夙川駅をはじめ、千里山駅、嵐山駅、西向日駅のホームや、岡本〜御影駅間の桜のトンネルなど、駅や車窓から桜を楽しめる場所がいくつもある。この季節ばかりは、車内でスマホばかり見ているのはもったいない。

「額」に入って初めて絵になる

 駅の南側に出ると、タイル貼りの大きなゴンドラ型噴水がお出迎え。少々傷みが目立つが、武庫之荘に住んでいた洋画家・故 中村百合子さんがデザインしたもの。落ち着いた武庫之荘は、画家や芸術家、芸能人に愛された。
 そんな武庫之荘らしい一軒が[絵画・額緣 ナカジマ]だ。店主の中嶌優さんは、この道45年の額装のプロ。額と絵をつなぐマットによる「間」の演出で、絵の魅力が何倍にも引き出される。
 綱本さんが中嶌さんと出会ったきっかけは、彼が勤め先への通りがかりに店内を覗いてふらりと入ったこと。以来、節目節目で何枚もの絵の額装をお願いしてきた。取材で再訪しがてら額装を依頼する綱本さんと彼の絵を見ながら「ずっと体型が変わらないねぇ」と中嶌さんは目を細める。

 マットと呼ばれる用紙を、斜め45度にカットできる特殊なカッターを操り、スーッとカットしていく。創業時から大切に使い続けている道具たち。店内には息子さんが小学1年生のときに描いた六甲山牧場での牛の絵が、額装されて飾ってあった。中嶌さんの立っている場所から、入口側を見たときに目に入る壁。お客様からは振り返らないと見えない位置。この位置にお子さんの絵を掛けている中嶌さんの気持ちが、ちょっと分かる。子どもの絵をこうしてよく額装していたそうだ。「壁に押しピンで留めたりするより、子どもはずっと喜ぶ」との言葉に、まさにそうしてしまっている自分を反省。コンテストで受賞したお孫さんの絵の額装を依頼されることも多いのだという。
 こだわるお客様にはオーダー通りに仕上げる。おまかせしてもらった場合は、中嶌さんの感性で。結局そのセンスが合う人が常連となって、長く通ってくれている。長い歴史の中では、絵画をめぐる世界も変わっていった。

 バブル景気の頃は絵が飛ぶように売れ、企業は有名絵画を次々と買い漁り、各地に私設美術館ができた。関西では梅田のナビオ美術館(1980〜2007)や、つかしんホール(1985〜93)がその例だ。ブームは1991年のイトマン事件で一気に冷え込んだ。その後は、阪神・淡路大震災で神戸の取引先がつぶれたり、コロナで美術展が軒並み中止になったりといろいろあった。今は、ネットでも絵や額縁が買える時代。わざわざ店を訪ねてくれるのは、本当に絵が好きな人になってきている。自分の作品が完成する最後のバトンを中嶌さんに委ね、その過程を楽しみ、偶然の出会いを喜べる人は幸せだ。

ナンバー・ブリッジと平屋の駅舎

 [ナカジマ]から西へ少し歩くと、バラで有名な「大井戸公園」に到着。TOKKでも名所として紹介してきたが、見頃に訪れたのは初めて。ちょうど満開で、マスク越しでもバラの香りが感じられる。平日だったので、いくつもの保育園や小学校の子どもたちが散歩に来ていたり、ご近所のお年寄りが憩いの場にしていたり。中之島のような整備されたバラ園とは違い、いい意味で自然にのびのび咲いているバラたち。雑草も生えているし、名前のプレートも消えてしまっている。それでもバラのみずみずしい生命力が、ダイレクトに伝わってくる。

 そこからぐるっと歩いて武庫之荘駅の北側にある、阪急が開発した住宅街へ。「一の橋」から「十七橋」まで水路に橋がかかり、敷地も広く、ゆったりとした家並みが続く。数年前まであった、古いが趣味の良い家は姿を消し、駅北東のエリアにあった商店街と市場は跡形もなくなっていた。「街って変わるんですね」しみじみ綱本さんがつぶやいた。

 

 阪急武庫之荘駅は、だんだんと少なくなりつつある平屋タイプの駅。高架でもなく、駅ビルもなく、駅だけがくっきりと存在している。この形の駅が、私は好きだ。駅舎が家のようで、昭和12年(1937)の開業時から今までずっと変わらず、静かに街を見守ってくれている(この連載のタイトルカットは武庫之荘駅だ)。
 そんな温かな存在にやすらぎを感じてしまうのは私だけではないように思う。

 

文/松本 有希(まつもと ゆき)
神戸をこよなく愛する編集者&ライター。某電鉄系フリーペーパー編集部に在籍した後、2020年から株式会社神戸デザインセンターへ。興味ある分野は食べ歩き、街歩き、ゲーム、鉄道、阪急、旅行、手紙。1977年兵庫県生まれ。神戸女学院大学卒業。
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絵/綱本 武雄(つなもと たけお)
「手しごと舎 種」にてイラスト、編集、造形制作などを手がける。「プラモ尼崎城」発起人。著書(いずれも共著)に『大阪名所図解』(140B)、『工場は生きている』『更地の向こう側-解散する集落「宿」の記憶地図』(以上、かもがわ出版)など。1976年神奈川県生まれ。多摩美術大学美術学部建築学科卒業。関西学院大学総合政策研究科修了(都市政策)。
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「阪急沿線 あの駅のこと」@140B
大阪の出版社140B(イチヨンマルビー)のwebページで2022年11月より連載開始。2008~16年の8年間、阪急電鉄の沿線情報紙『TOKK』に各駅をイラストで紹介する「阪急沿線 ちょい駅散歩」という人気連載があった。当時の編集担当者と絵師のコンビが再び同じ駅・同じ街を歩いて、目に映る駅前風景を時間の経過も切り取りながら紹介していきます。
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