山上から見晴らす1000万ドルの夜景、登山やゴルフなど日本の近代レジャー・スポーツの発祥地として知られる六甲山。神戸独特の景観を形作る街のシンボルとして、また市民のお出かけスポットとしても親しまれています。
10年前から、この六甲山で育った木材を、新たな神戸のブランドとして広めるユニークな取り組みを始めたのが、「SHARE WOODS.」代表の山崎正夫さん。
地元の人々に身近な山の木を活用して、地産地消のサイクルを生み出す活動は、全国から注目を集めています。
山崎正夫
1970(昭和45)年生まれ。木質建材プラットフォーム「SHARE WOODS.」代表。 ドイツ木材メーカーの輸入代理店に在職中の2009年に、間伐材を活用した打楽器「カホン」を手づくりするワークショップ「カホンプロジェクト」を創設。 全国各地の地域材の利活用、木製品の商品開発などに携わる。2013年に独立し、神戸に「SHARE WOODS.」を設立。 神戸市の六甲山森林整備戦略に参画し、六甲山の森と人とをつなぐ「Kobeもりの木プロジェクト」では、 六甲山の手入れから出た樹木を有効活用すべく、ワークショップやプロダクト開発、ブランディングを手掛け、 地域材の流通、経済循環の仕組み作りに取り組んでいる。
元造船所の工場を活用した、「SHAREWOODS.」の木材加工所
六甲山の木材を、市民から親しまれるブランドに。今に至る山崎さんの取り組みの始まりは、前職でドイツの輸入木材商社に勤めていた頃。国土の約7割を山林が占める日本で、木材の大半は海外から調達している現状に抱いた違和感がきっかけでした。
「世界各地の木材は、船で何カ月もかけて運ばれてくるのですが、自然の素材にも拘らず環境への負荷が高いなと感じていました。ならば、国内の木材を使いたいと思いましたが、そこで林業に携わる方々から話を聞くほどに、衰退する林業の現状を知ることになりました」と山崎さん。
一見、自然任せのように思える林業も、木々の生育、森林の環境を保つためには人の手入れが必要ですが、実際は放置されるままの地域も多かったと言います。
木材加工所には、様々な種類の木材がストックされている
地域の木材を、その地域で使うための仕組みを作れないか、その思いから、会社勤めの傍ら始めたのが、「カホン・プロジェクト」でした。
カホンとは、板を組み合わせた箱型の打楽器。山崎さんの知人が製作していたのがきっかけで、木を組み合わせてカホンを製作するワークショップや演奏会を、全国各地で開いたのが現在の活動の原点にあります。
この時、コンセプトとして掲げたのは、“地域の木材を使うこと”。
「各地で開催するたびに、現地の木材を調達してもらいました。ただ、木はあっても製材や加工の場所がないこともあるので、現地の人につないでもらって、木が流通するサイクルを作る。ただカホンを作るだけなら、乾燥や加工の手間がない外材を使う方が手っ取り早い。
でも、このプロジェクトの本来のテーマは、今は失われてしまった木材を生かすサイクルを、再び各地で成り立つようにつなぐこと。 一度できれば、自分がいなくても地元の人々で回るようにしたいと考えたんです」。
カホンの製作はあくまで手段の一つ、地域の木材が循環するサイクルを作ることが、真の目的でした。
山崎さんの活動の原点となった「カホン・プロジェクト」
神戸市役所1号館1階ロビーに設置された、地域材を使ったベンチ
ここで全国の木材産地にネットワークができた山崎さん。
各地が同様に抱える課題を解決するべく、2013年に独立して、神戸に「SHARE WOODS.」を立ち上げ。当時、神戸市では、六甲山と市民の暮らしとの新たな関わり作りを進める、「六甲山森林整備戦略」が計画され、地域材活用に動き出していた時期でした。
実は、元々は明治時代に防災のために植林されて、年月を経たのが今の六甲山の姿。100年以上の年月を経て、伐採整備をしなければ山崩れを起こす可能性も高まっていく状況でした。
「知人を通して、六甲山で間伐した木の使い道を探していると聞いて、今まで培ってきた仕組み作りを生かせると思い、参加させてもらいました。六甲山は身近ではありますが、この時は、六甲山の木は使えないものと思い込みもありました。
ただ、山の成り立ちからして、林業を前提にしてなかったのが六甲山のユニークなところ。自治体の管轄も、農林水産系ではなく防災課が木材の活用を進めているというのは、他にないプロセスだと思います。
逆に既成概念がないからこそ、私たちも一から仕組み作りに加われましたし、地元の人々からも“新しい試みを形にする”という気概を感じました」。
「こども本の森 神戸」には、3名の木工作家が地域の広葉樹を使って椅子やベンチなどを製作
こうして神戸市との協業を進めていく中で、2015年から「Kobeもりの木プロジェクト」が立ち上がり、六甲山の木材やその使い方を市民に広く啓蒙するべく、2~3年かけて各地でワークショップを積極的に開催。
「六甲山は、急峻な地形に木が生えているので、台風で倒れたり、道を塞いだりと、実生活に影響も大きい。街と山が近い土地柄、身近に感じてもらうことも多く、この活動にも協力してもらえる素地があります。
また、六甲山の木と聞いて、“使いたい”という人が多いのも、街への愛着が強い神戸ならではですね」。
地域材の活用を広く周知する一方で、プロダクトに使うための木材を集積。神戸市役所や、近年、新たに建設された名谷図書館や「こども本の森」など、公共施設のベンチやスツール、公園などの植栽用ウッドパレット(花壇)をはじめ、店舗の内装や什器、オーダーメイドの家具など、さまざまな場所に導入例が広がっています。
六甲山はもちろん、街路樹や里山の間伐材など、木材の種類も多岐にわたりますが、中でも六甲山の南側に多い広葉樹は、用材として育てられたわけではないため、ひび割れがあったり、曲がっていたりする木が多く、製材に手間がかかるものがほとんど。
それでも、枝を輪切りにしてコースターにしたり、生木を使うスプーンなどに利用したりと、さまざまな使い道を考えて、山の資源を無駄なく使うことに腐心しています。
名谷図書館の閲覧室に設置された、丸太や角材を組み合わせたベンチ
「実際に、林業の仕事を知る人は少ないですし、どこの木を使っているかなど知る由もない。だからこそ、提供する側が伝える必要があります。
木材は、加工や製材、さらに生育まで考えれば、時間軸は数年、数十年単位になります。木工はすぐ出せるものではないから、ある程度、需要を作る必要があって、取り組みの最初にまず啓発に力を入れたんです」と山崎さん。
その後は、「デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)」の、部分リニューアルしたフロアの内装、六甲山上のシェアワーケーションオフィス「ロコノマド」のインテリアデザインや、2022年に移転新装オープンした神戸阪急とのコラボレーションによる地域材ブランド発信など、活動の幅はさらに広がっています。
とりわけ、神戸阪急のリニューアルに際しては、Hankyu Mode Kobe 「SHARE WOODS」 プロジェクトと銘打って、ローカルな取り組みと商業施設の大規模なコラボレーションで注目を集めています。
六甲山の木材を用いた家具や什器を取り入れた、世界的なファッションブランドのショップのほか、アメリカ発のコーヒーショップ「BLUE BOTTLE COFFEE」にも一部の家具の天板に北区の里山利活用材を使用。
ショッピングを楽しみながら、地域材の魅力を感じることができます。
また、街場の飲食店などにも導入例は広がり、中でも、阪神間の人気コーヒーロースター「TAOCA COFFEE」六甲店のオープンの際には、灘区春日神社の樹齢500年超の楠の大枝を生かしたベンチとセンターテーブルを設置。
偶然にも、春日神社のほど近くでの開店という縁も重なり、楠の大木は形を変えて、地元の憩いの場の新たなシンボルとして親しまれています。
2022年にリニューアルした「デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)」1・3階のフロア内装も担当
{TAOCA COFFEE}六甲店にあるセンターテーブルとベンチは、近くの神社にある樹齢500年以上といわれる楠の大木の折れた枝を利用
この間、地域の木材を流通するための拠点づくりも進め、2017年にクラウドファンディングによって、元造船所の工場を木材加工所として再生。現在は北区の製材所も稼働し、木の伐採から製材、加工、流通と、一つずつ道をつないでいきました。
この取り組みも、「カホン・プロジェクト」と同じく、単に山の木を利用するのでなく、“使い続ける”仕組み作りこそが主眼にあります。
「モノ作りそのものより、地域のブランドとして加工・販売と仕組みが回ることで、地元の山に対する愛着も生まれます。
大量生産・大量消費でなく使う分だけ作る感覚で、里山で間伐材を薪に使うような循環を、木工のスタンスでも再現したい。薪は燃えて終わりですが、木工なら形が残って、欲しい人が増えると木を切る機会も増えます。
SDGsといった大きな話ではなく、目の前のことに注力して、小さな輪を回すことで、身近な“地域ごと”として捉えてもらえれば」。
資源を無駄なく使えるよう、加工に手間がかかる広葉樹の使い道もアイデアを模索
里山の広葉樹を利用するプロジェクトで作ったスツールのプロトタイプ
近年は導入例もさらに増えて、他所でも使いたいという声も広がりつつあり、この取り組みを通して、市内に点在するクラフトが街と山をつなぐ接点になっています。
それは、林業によるモノづくりというよりは、ローカルなシェアエコノミーや街づくりの仕組み作りに近いものがあります。
「林業の衰退は、突き詰めていけば地域の問題でもあります。極端に言うと、山が崩れることにもつながるから防災にも関係していますが、民間で担うには責任が大きすぎます。
自分のことだけ考えていてはうまく回りませんから、この活動が、皆さんが地域全体のこととして受け止め、動くきっかっけになれば」と山崎さん。
持続可能な街と山の関係は、少しずつ強く、近くなってきています。
神戸の街のあちこちで存在感を発揮する、地域の森の木材を使ったクラフトから、そのつながりが身近に感じられるはずです。
【文】 田中慶一
神戸の編集プロダクションを経て、フリーランスの編集・文筆・校正業。関西の食を中心に情報誌などの企画・編集を手掛ける。また、学生時代からのコーヒー好きが高じて、01年から珈琲と喫茶にまつわる小冊子『甘苦一滴』を独自に発行するなど専門分野を開拓。全国各地で訪れた店は約1000軒超。2013年より、神戸市の街歩きツアー「おとな旅・神戸」でも案内人を務め、2017年には、『神戸とコーヒー 港からはじまる物語』(神戸新聞総合出版センター)の制作を全面担当。
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