大正時代に、神戸で生まれた「野球カステラ」。
小麦粉と卵やお砂糖(お店によってはハチミツ)を合わせたシンプルな生地を、野球道具の型で焼き上げた昔ながらの名物です。
バット、グローブ、ボール、帽子。お店によって焼き型のバリエーションやデザインが異なります。
野球カステラを生み出したのは、野球の普及を商機ととらえた瓦煎餅屋さん。
全盛期には神戸市内多くの瓦煎餅屋さんで販売されていたそうですが、時代とともに新しい洋菓子が次々と上陸し、人々の嗜好も移ろいでいきました。
野球カステラを扱う瓦煎餅屋さんもずいぶん少なくなってきていますが、名物として今でも愛され続けている大切なお菓子です。
神戸を訪れる際には、大正時代からずっと日常に寄り添ってきた、野球カステラと出会ってみてください。
一口サイズでかわいいフォルム、素朴でやさしい甘さは、いつの時代もそばにあると嬉しいものだと思うのです。
昭和43年に創業し、以来50年以上先代から継承された手焼き製法を守り抜いている「久井堂」。
地元の煎餅屋さんも機械化を導入するなかで、今でも数少ない手焼き専門店として一枚一枚丁寧に焼き上げ、お客さんに届けています。
「大量生産を可能にするため」「職人が培った技術・知識・経験を不要にするため」、そして「楽をするため」の機械焼きではなく、時間をかけ、手間をかけて、昔ながらの手焼きにとことんこだわりたい。(久井堂さん公式HPより)
野球カステラを紹介させていただきたいと尋ねると、店主の宇野定男さんが快く迎え入れてくれました。
宇野さんは25歳からお煎餅を焼き始めて、今年で80歳。
野球カステラは息子さんにも焼かせることなく、一人で毎日焼き続けてきたそうです。
長年使っているのは、一度にバットが3本も焼ける珍しい焼き型。
バットは食べやすくて人気だったことから、たくさん焼ける型に途中で変更したと言います。
久井堂のカステラは、外はサクッと軽くて、中はふわふわ。
ハチミツがたっぷり入っているので、パウンドケーキのようなしっとりとした甘さが広がって「おやつ」としての満足度も高いのです。
ハチミツを入れることで、栄養価が高くなり、焼き色がこんがり良い色になるそうです。
賞味期限は4日間。
やっぱり焼きたてが一番美味しいので、焼き始めの時間に合わせて買いに来る常連さんにもお会いしました。
熱々のうちに食べると格別ですよ!
久井堂
住所 兵庫県神戸市兵庫区下祇園町40-19
TEL 078-361-4385
営業時間 9時~17時
定休日 日・祝
公式サイト http://www.kawarasenbei.com/index.html#index_label3
『手焼き煎餅 おおたに』は、この場所にお店を構えて約70年以上にもなる瓦せんべいの老舗店。
お店の歴史について伺うと、「俺は継ぐつもりなかったんやけどなぁ」と3代目・現店主の大谷さんは笑いながらサラリと言うので驚きました。
実は大谷さん、祖父が創業し父が2代目を務めていたものの、自身は煎餅屋を継ぐ気はなく、55歳まで会社員として働いていたのです。
瓦煎餅も野球カステラも、焼き方を先代から教わっていないと言います。
2代目が亡くなり、母・きよ子さんとお店を畳んで一緒に暮らすつもりでしたが、「ここを離れたくない」と拒まれたそう。
その姿を見て、大谷さんは母の居場所を守りたいという想いから独学でお店を継ぐことを決めたのでした。
おおたにの野球カステラは他の店舗に比べて焼き型が小さく、綺麗に焼けるようになるまで苦労したそうです。
手に取ってみると、たしかにサイズは少し小さめで、細部までくっきりと焼き跡のついたフォルムがさらにかわいい!
焼き立てはもちろん、時間が経ってもふわふわっとした食感が楽しめるカステラです。
少し香ばしくて、素朴で優しい甘さ。
飽きることなく、ついパクパク食べ過ぎてしまいます。
綺麗に焼き型がバット、ミット、帽子、ボール……各種均等に配分して、きれいに袋に詰められているのもおおたにさんの個性ですね。
手焼き煎餅 おおたに
住所 兵庫県神戸市中央区割塚通7-2-17
TEL 090-8380-7844
営業時間 10時~17時
定休日 月
公式サイト https://www.instagram.com/ootani453/?hl=ja/index.html#index_label3
高速長田駅で下車して徒歩5分ほど、長田神社参道の商店街脇に出てくるのが『八木新月堂』。
この場所で創業をして、もう70年以上になります。
「はいどうぞどうぞ〜いらっしゃい」と気さくに出迎えてくださったのは、2代目の八木和男さん。
お店を継ぐために高校卒業後は地元の煎餅屋さんに弟子入りして腕を磨き、今でも父が創業したこのお店を守ってきました。
寂しいですが、3代目はいないのだそう。
引退と共にお店を畳む予定ということなので、ぜひ食べられるうちに足を運んでみてください。
野球カステラをひとつ手に取ってみると、ふわふわというよりもプニッとした弾力がありました。
卵やハチミツがたっぷり入った、少し重めの生地を使っているそう。
食べてみると、甘くてしっとり!やさしいハチミツの香りに頬が緩みます。
仕事で頭をたくさん使う日には、デスクに常備しておきたい。
疲れた日の帰り道に、立ち寄ってお土産に買える地元の皆さんが羨ましくなりました。
甘い洋菓子が好きな方にも、おすすめです。
八木新月堂を訪れたら、瓦煎餅・野球カステラに続いてチェックしていただきたいのが『おかき巻き』。
おかきをお煎餅で包んでいる、一口サイズのおやつです。
手間がかかるために、時間がある時にだけ焼いて売り出してみたら「焼いても焼いても売れるもんやから」と困ったように笑う八木さん。
醤油味のきいたおかきと、甘いお煎餅の組み合わせがクセになりますよ。
八木新月堂
住所 神戸市長田区長田町1-3-1
TEL 078-691-5474
営業時間 9時~18時
定休日 日
『八木新月堂』と『菊水せんべい』はご近所さん。
わずか徒歩1分の距離にあるので、野球カステラを食べ比べてみるのに2つのお店はピッタリです。
本店である『菊水総本店』は1868年創業の老舗和菓子店。
2022年に惜しまれつつ154年の歴史に幕を降ろしましたが、支店である菊水せんべいでは、変わらず瓦煎餅も野球カステラもいただくことができます。
現在の店主は、4代目・山本幸男さん。12歳の時から、焼き場に立っているそうです。
野球カステラは、『スポーツ焼き』という名前で並んでいました。
焼き始めたのは、戦前のこと。戦争が始まってからは、金属を持っていることが知られると没収されてしまうため、お煎餅の焼き型はすべて土に埋めて、先代が守り抜いてくれたのだそう。
山本さんは先代が繋いでくれた焼き型を受け継ぎ、今でもずっと同じものを使っています。
私たちが生まれる前から、神戸の人々に「美味しい」を届けてきた焼き型と職人さんの技術。
歴史の深いお菓子に触れると、今目の前にある景色に改めて感謝したくなりますね。
カステラの生地は、地元の卵屋さんから仕入れた卵をたっぷり使用しています。
驚いたのは、焼きたてを袋詰めするのではなく、一度冷凍して自然解凍したものをお客さんに届けているということ。
焼きたてをすぐに冷凍させることで水分が逃げるのを防ぎ、長くしっとりとした味わいを楽しめるそうです。
家に持ち帰って2日後に食べてみましたが、たしかに購入日と変わらず、ふわふわしっとりとした食感でした。
お土産には嬉しいですね。
菊水せんべい
住所 兵庫県神戸市長田区六番町8-6
TEL 078-575-1522
営業時間 9時〜19時
パンダどら焼きが名物の『十字堂』。
お店の前には、大きなパンダのぬいぐるみが椅子に座っていて私たちを出迎えてくれます。
もしかして、神戸市立王子動物園のジャイアントパンダ・タンタンをモチーフにしている……?と思い店主の横田さんに聞いてみると、ビンゴでした。
神戸市に中国からタンタンがやって来ると話題で持ちきりだった2000年、十字堂はパンダの焼き印を入れた『求肥もち入りどら焼き』の販売を開始。
モチモチのどら焼きがとびきり美味しく、アイコニックなパンダが可愛いとお土産にも大人気。
以来、十字堂の名物として今でもお客さんが絶えません。
十字堂の創業は、昭和30年頃。野球カステラを焼き始めたのは25年ほど前だと言います。
焼き型は、ひとつ一つのモチーフが少し大きめ。今回の取材では見たことのなかった、「勝」と書かれた優勝旗もありました。
子どもから大人まで安心して食べられるよう、保存料などは一切使わずに、シンプルな材料だけでつくる味わいをずっと大切にしてきたそうです。
焼きたてのカステラは、ホクホクのふわっふわ!
最近は野球カステラが神戸のお土産として再度知名度をあげてきているため、若い世代のお客さんも増えてきたそう。
お客さんの好みに合わせて、昔よりも北海道バターの配合を少しだけ増やしたと教えてくれました。
なるほど、ホットケーキのようなやさしいコクの秘密はバターでしたか。
幼少期に食べたことがないのに、どうしてこんなに懐かしい気持ちになるんだろう?
思い出して、また食べたくなってしまいます。
十字堂
住所 神戸市中央区上筒井通4-1-7
TEL 078-221-9313
営業時間 9時30分〜18時
定休日 日・祝
公式サイト http://jujido.co.jp/products
「野球カステラ」と一口に言っても、お店ごとに焼き型も生地の配合もさまざま。
バットや帽子だけでなく、見たことのないアイテムを見つけた時にはつい嬉しくなってしまいます。
体にやさしい材料にこだわった素朴な味わいだからこそ、食べると甘さとともにじ〜んと温かさが広がってきます。
職人さんたちの思いや、この街でずっと繋がれてきた歴史。
すべてのことが繋がって、この懐かしい気持ちと、野球カステラならではの「美味しい」が今日も生まれているのだと思います。
知れば知るほど奥が深くてハマってしまう、神戸を訪れたら欠かせない名物です。
【文】ほしゆき
ウェブメディア『TABI LABO』の編集部に所属した後、2018年に独立してフリーライターへ。人やモノ・コトの背景にあるストーリーが好きで、インタビューを中心に企画・執筆を行っている。コピーライターとしてアパレルブランドのコンセプト制作、SHE likesでライティングの講師を務めるなど、幅広く活動中。
神戸公式観光サイト Feel KOBE
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元記事:地元で愛されつづける神戸名物「野球カステラ」をめぐる旅
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