普段は入れない「レンガ造り」の『湊川隧道』を歩いてきた。年に1度「通り抜け」の見どころと映えるワケ

ライター:カオル

兵庫区にある『湊川隧道』(みなとがわずいどう)。年に1度だけ公開されるトンネルの全貌を細かく見てきました。


神戸市兵庫区湊川町9-3-1

『湊川隧道』って何?

『湊川隧道』の入り口は、地下鉄「湊川公園」駅から徒歩10分ちょっと。少し歩くな〜と感じ始めるくらいの距離にあります。

兵庫区の会下山の東側あたり。公開日などは、ところどころ案内プレートを持った人がいたり、向かっているだろう人が前を歩いてたりするので、導かれるようにたどり着けると思います。

湊川公園駅からは少し遠回りですが、「新湊川」沿いに西に進めば、確実にたどり着けます。

海側には、神戸電鉄の線路が通っていて、入り口のすぐ上は、「湊川ひろば」という小さな公園に。

普段は、こんな感じで扉が閉まってまして、月に1回の一般公開日に途中まで入れて、コンサートなどが催されてます。

端から端まで「通り抜け」できるのは、年に一度「土木の日」のイベントだけ。土木の日は、毎年11月18日で平日の年もあるので、通り抜けイベント自体は、前後の週末あたりにやっているようです。

ちなみに、コンサートの時の様子はこちら↓↓

山をくり抜く日本初の近代河川トンネル『湊川隧道(みなとがわずいどう)』に行ってきた。

2018.05.18

入ってすぐは、コンクリートの連絡通路になっていて、壁に「歴史」や「工事」についての資料が飾られてます。土木の日には、県の職員も説明に立ってくれているので、実物にたどり着く前に予習する感じです。

やっとここから説明していきます。

『湊川隧道』ができたのは、明治34年(1901)。「湊川」の流路を変える「架け替え」のため、「会下山(えげやま)」の下に掘られた日本初の河川のためのトンネル(隧道)です。

「隧道(ずいどう)」とはつまり「トンネル」のことですが、最近は「トンネル」が一般的に使われています。

「湊川」は、もともとは図の「旧湊川」と書かれている場所を流れていました。今の「湊川公園」からハーバーランドの少し西側あたりへかけてのイメージです。

当時は、堤防の高さが8mにもなる「天井川」で、大雨が降ると氾濫したり、大量の土砂が「神戸港」に流れ込み堆積すると、大きな船が入りにくくなる恐れがあったりしたので、架け替えすることになったそう。

「旧湊川」周辺は、川ではなくなった後「新開地」として開発され、芝居小屋などが立ち並ぶ一大歓楽街になりました。

レンガ造りの『湊川隧道』が役目を終えたのは、平成12年(2000)阪神大震災での被害がきっかけです。復旧にあたって、少し北側により太い『新湊川トンネル』が作られ、見た目や技術的な価値などから保存・公開されることになったそうです。

上図の細いまっすぐな「黄色と紫」が『湊川隧道』で、太くて曲がった「緑」が『新湊川トンネル』。最大で670mだった『湊川隧道』ですが、保存されているのは、紫の部分350mほど。

地上から80mほど傾斜のある連絡通路を下ると、奥に黄金色の灯りが見えてきます。コンサートの時に使うパイプ椅子などが脇に置かれているので、ここは足早に、レンガ造りの隧道を目指しましょう。

カオル
ライター:カオル
とりあえず「食パン」を買う人です。
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